歯科医院を閉院するときは、保健所・地方厚生局・税務署のそれぞれに届出が要ります。中心になるのは、保健所への診療所の廃止届(廃止した日から10日以内・医療法第9条)と、地方厚生局への保険医療機関の廃止届です。エックス線装置を備えていた場合は、その届出も10日以内に出します。
届出より先に時間がかかるのは、患者と職員への対応です。職員の解雇には30日前の予告が要り(労働基準法第20条)、治療の途中の患者には転院先と紹介状が要ります。閉院後も、診療録は5年、帳簿は3年、技工指示書は2年の保存義務が残ります。
この記事では、個人立の歯科医院が閉院するときの届出の相手と期限、記録の保存、患者・職員への伝え方を、条文と地方厚生局の案内にもとづいて順に整理します。第三者や子どもに医院を引き継ぐ場合は、歯科医院の承継を先に読んでください。承継でも前の開設者の廃止届は出しますが、保険医療機関の指定の扱いが閉院とは違います。
1. 閉院で出す届出の全体
| 相手 | 届出 | 期限 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 保健所(都道府県知事、保健所を設置する市・特別区では市長・区長) | 診療所の廃止届 | 廃止した日から10日以内 | 医療法第9条第1項・第8条の2第2項 |
| 保健所 | エックス線装置を備えなくなった旨の届出 | 10日以内 | 医療法第15条第3項、同法施行規則第24条第12号・第29条第1項 |
| 地方厚生局(都道府県の事務所など) | 保険医療機関の廃止届(生活保護法の指定医療機関と同じ様式) | 廃止したとき(「速やかに」) | 保険医療機関及び保険薬局の指定並びに保険医及び保険薬剤師の登録に関する省令第8条 |
| 税務署 | 個人事業の廃業の届出 | 廃止した日の属する年分の確定申告期限まで | 所得税法第229条 |
| 年金事務所・ハローワークなど | 健康保険・厚生年金・雇用保険・労働保険の事業所の手続き | 窓口ごとに決まっている | 職員を雇っていた場合 |
このほか、自立支援医療(更生医療など)・労災・難病・小児慢性特定疾病などの指定を受けている場合は、指定をした自治体や労働局に、制度ごとの届出があります。開業のときに出した届出と受けた指定を一覧にし、その逆をたどると漏れが減ります。開業時の届出の並びは歯科医院の開業の流れにまとめています。
2. 保健所への廃止届
診療所の開設者が診療所を廃止したときは、10日以内に届け出ます(医療法第9条第1項)。届出の先は都道府県知事で、診療所の所在地が保健所を設置する市・特別区の区域にある場合は、その市長・区長です(同法第8条の2第2項のかっこ書が第9条にも及びます)。窓口は所在地の保健所です。
「廃止した日」から数えるので、閉院日の後に出す届出です。様式や添付書類は自治体で違うため、閉院日が決まった段階で保健所に確かめます。
休止と廃止の違い
いったん診療をやめて再開する見込みがある場合は、廃止ではなく休止の届出になります。
| 区分 | 届出 | 期限 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 休止 | 休止届 | 休止した日から10日以内 | 医療法第8条の2第2項 |
| 再開 | 再開届 | 再開した日から10日以内 | 同上 |
| 廃止 | 廃止届 | 廃止した日から10日以内 | 医療法第9条第1項 |
医療法第8条の2第1項は、開設者は正当な理由なく1年を超えて休止してはならないとしていますが、ただし書で、届出によって開設した診療所(個人の歯科医師が開設した診療所)はこの限りでないとしています。個人立の歯科医院なら、1年を超える休止も禁止の対象にはなりません。再開の見込みがはっきりしないまま休止を続けるかどうかは、保健所に相談します。
開設者が亡くなった場合
開設者が死亡し、または失踪の宣告を受けたときは、戸籍法の死亡・失踪の届出義務者(同居の親族など)が10日以内に、その旨を都道府県知事に届け出ます(医療法第9条第2項)。院長が急に亡くなった場合、家族がこの届出を出すことになります。
3. 地方厚生局への保険医療機関の廃止届
保険医療機関の指定は、地方厚生局長が行っています。閉院するときは、保険医療機関の廃止届を地方厚生局(各都府県の事務所など)に出します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 根拠 | 保険医療機関及び保険薬局の指定並びに保険医及び保険薬剤師の登録に関する省令第8条 |
| 様式 | 保険医療機関・保険薬局・生活保護法指定医療機関 廃止・休止・再開届(関東信越厚生局の様式名) |
| 書くこと | 名称、医療機関コード、廃止の区分と年月日、廃止する理由、開設者の氏名と住所 |
| 添付書類 | 厚生局で違う。関東信越厚生局は「なし」、東海北陸厚生局は廃止の場合に指定通知書(紛失した場合は紛失届)を挙げている |
様式の名前のとおり、生活保護法の指定医療機関の廃止も同じ届出で扱う形になっています。添付書類は厚生局ごとに違うため、所在地を管轄する厚生局の案内ページで確かめます。
「辞退」は閉院とは別の手続き
健康保険法第79条第1項は、保険医療機関は1か月以上の予告期間を設けて、指定を辞退できるとしています。辞退の申出は地方厚生局長に行います(同省令第10条第1項)。
| 手続き | 使う場面 |
|---|---|
| 保険医療機関の廃止届 | 診療所そのものを閉じる |
| 保険医療機関の指定の辞退 | 診療所は続けるが、保険診療をやめる(自費だけの医院にするなど) |
題名に「辞退」と書かれた手続きの案内を見かけることがありますが、診療所ごと閉じる場合に出すのは廃止届です。閉院の前に保険診療だけを先にやめる、といった段階を踏む場合は、辞退の予告期間(1か月以上)を逆算に入れます。
4. エックス線装置の届出
診療所の管理者は、エックス線装置を備えたとき、厚生労働省令で定める場合に届け出ます(医療法第15条第3項)。医療法施行規則第24条第12号は、エックス線装置を備えなくなった場合を届け出る場合の一つとして挙げ、同規則第29条第1項は、その届出を10日以内に届出書を出して行うとしています。
| 装置 | 閉院のときの届出 |
|---|---|
| パノラマ・デンタル・歯科用 CT などのエックス線装置 | 備えなくなった日から10日以内に、保健所へ |
装置を売却・廃棄する日と、閉院の日がずれることがあります。「備えなくなった日」は装置を撤去した日なので、業者に引き取りの日を決めてもらい、その日から数えます。廃止届と一緒に出せるかどうかは、保健所に確かめます。
5. 記録の保存
閉院しても、記録の保存義務は残ります。
| 記録 | 期間 | 起算 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 診療録 | 5年 | 完結の日から | 歯科医師法第23条第2項、療養担当規則第9条ただし書 |
| 療養の給付の担当に関する帳簿・書類その他の記録 | 3年 | 完結の日から | 療養担当規則第9条 |
| 歯科技工の指示書 | 2年 | 歯科技工が終了した日から | 歯科技工士法第19条 |
歯科医師法第23条第2項は、病院・診療所に勤務する歯科医師の診療録はその病院・診療所の管理者が、それ以外の診療録はその歯科医師が、5年間保存するとしています。一方で、診療所を廃止した後に誰がどこで保存するかは、法律に書かれていません。
そのため、廃止届を出すときに保健所へ、次のことを確かめて決めておきます。
- 保存する人:元の管理者(院長)本人が保存するのか
- 保存する場所:自宅・倉庫・外部の保管業者など。厚生労働省の通知(平成14年3月29日 医政発第0329003号・保発第0329001号「診療録等の保存を行う場所について」)は、紙の診療録も、必要に応じて直ちに利用できる体制の確保や個人情報の保護などを条件に、医療機関の外で保存することを認めています
- 患者からの求めの受け口:閉院後に、転院先の歯科医院や患者本人から写しを求められたときの連絡先
- 捨てる時期:最後の来院の日から数えて5年(診療録)などを過ぎたものを、どう処分するか
電子カルテの場合は、閉院後も見読性(画面や紙で読めること)を保てる形で書き出しておく必要があります。契約を解約するとデータが読めなくなるサービスもあるため、解約の前に書き出しの形式と方法を業者に確かめます。
6. 患者への伝え方
患者に閉院を知らせる時期や方法は、法律では決まっていません。ただし、治療の途中の患者に不利益が出ないよう、次の順で進めます。
| 患者の状態 | すること |
|---|---|
| 補綴・矯正・歯周治療など、治療の途中 | 閉院日までに区切りを付けられるかを見立てる。付けられない場合は転院先を案内し、紹介状(診療情報提供書)を書く |
| 定期健診(メインテナンス)で通院中 | 最後の健診で閉院を伝え、近くの歯科医院を探す方法を案内する |
| 自費の補綴物の保証の期間中 | 保証の書面の扱い(閉院後の再製作ができないこと、返金の有無)を院内で決め、対象の患者に個別に伝える |
| 自費の前払い・分割の途中 | 残りの治療と支払いの精算を、契約の書面に沿って決める |
周知の方法は、院内の掲示、ホームページ、予約の連絡(電話・メール)、最後の来院時の口頭の説明を組み合わせます。職員への予告(30日前)と同じころに始めると、紹介状を書く時間と、治療に区切りを付ける時間を取りやすくなります。
ホームページやGoogleマップのビジネスプロフィールは、閉院日を載せたうえで、閉院後に「閉業」の表示へ切り替えます。そのままにすると、閉院後も予約の電話や問い合わせが来ます。
7. 職員への予告
職員を解雇する場合、使用者は少なくとも30日前に予告するか、30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払う必要があります(労働基準法第20条第1項)。予告の日数は、平均賃金を支払った日数分だけ短くできます(同条第2項)。
| 閉院日から逆算 | すること |
|---|---|
| 30日より前 | 職員に閉院日と解雇の予告を伝える(書面で残す) |
| 閉院日まで | 最後の給与・未消化の年次有給休暇の扱い・退職の書類を決める |
| 閉院後 | 雇用保険・社会保険の資格喪失と、事業所の廃止の手続き(ハローワーク・年金事務所) |
予告が要らない例外は、第20条第1項ただし書の「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合」などで、しかも行政官庁(労働基準監督署長)の認定を受ける必要があります(同条第3項が準用する第19条第2項)。院長の判断で閉院する場合は、予告か手当のどちらかは要るものとして計画します。
8. 医療法人の場合
医療法人の歯科医院では、「診療所を閉じる」と「法人を解散する」が別の手続きです。
| 場面 | 手続き |
|---|---|
| 法人は続け、診療所だけを閉じる | 開設者(法人)が診療所の廃止届を出す(医療法第9条第1項)。保険医療機関の廃止届も同じ |
| 法人を解散する | 社団たる医療法人は、社員総会の決議(総社員の4分の3以上の賛成。定款に別段の定めがあればそれに従う)などで解散する(医療法第55条第1項・第2項)。社員総会の決議による解散は、都道府県知事の認可を受けなければ効力を生じない(同条第6項) |
法人の解散は、清算や残余財産の扱い(出資持分の有無で違う)まで続く手続きです。診療所の廃止だけで終わる個人立の閉院とは、期間も相談先も違うため、早い段階で都道府県の医療法人の担当と、顧問の税理士・司法書士に相談します。
9. 閉院日から逆算した段取り
| 時期 | すること |
|---|---|
| 閉院日を決めたら | 開業時に出した届出と受けた指定を一覧にする。保健所・地方厚生局に、様式と添付書類を確かめる |
| 30日より前 | 職員に予告する。患者への周知を始める(院内の掲示・ホームページ・予約の連絡) |
| 閉院日まで | 治療の途中の患者に区切りを付けるか、紹介状を書く。自費の保証・前払いの精算を決める。記録の保存の場所と、閉院後の問い合わせ先を決める |
| 閉院日 | 診療を終える。電子カルテ・レセプトのデータを書き出す |
| 装置の撤去から10日以内 | エックス線装置を備えなくなった旨の届出 |
| 閉院日から10日以内 | 保健所に廃止届 |
| 閉院後、速やかに | 地方厚生局に保険医療機関の廃止届(生活保護法の指定医療機関も同じ様式) |
| 閉院後 | 最後の診療報酬の請求と返戻・査定への対応。職員の雇用保険・社会保険の手続き |
| その年分の確定申告期限まで | 税務署に廃業の届出(所得税法第229条) |
閉院日の後にも、閉院前の月の診療報酬の請求と入金が続きます。返戻や査定の連絡が来ることもあるため、レセプトのシステムや連絡先を閉院後もしばらく使える状態にしておきます。
10. つまずき
- 廃止届を閉院の前に出してしまう:医療法第9条は「廃止したとき」から10日以内です。閉院日の後に出します。
- 保険医療機関の廃止を「辞退」で出そうとする:辞退は、診療所を続けて保険診療だけをやめるときの手続きで、1か月以上の予告期間が要ります。閉院は廃止届です。
- エックス線装置の届出を忘れる:装置を撤去した日から10日以内です。業者の引き取りの日を控えておきます。
- 添付書類を他の地域の案内で用意する:保険医療機関の廃止届の添付書類は、厚生局によって「なし」から「指定通知書(紛失した場合は紛失届)」まで違います。
- 診療録の保存先を決めずに閉院する:閉院後の保存者は法律に書かれていません。保健所に確かめ、場所と問い合わせ先を決めます。
- 電子カルテの契約を先に解約する:書き出しの前に解約すると、保存義務のある記録が読めなくなることがあります。
- 職員への予告が30日を切る:足りない日数分の平均賃金を支払う必要があります。
- Googleマップやホームページを閉院後も放置する:閉院後も予約や問い合わせが来続けます。
11. まとめ
- 保健所への廃止届は、廃止した日から10日以内(医療法第9条第1項)。休止・再開も10日以内に届け出る
- 地方厚生局へ保険医療機関の廃止届(省令第8条)。生活保護法の指定医療機関も同じ様式。添付書類は厚生局で違う
- 「辞退」(健康保険法第79条・1か月以上の予告)は、診療所を続けて保険診療をやめるときの手続き
- エックス線装置を備えなくなったら10日以内に届け出る(医療法施行規則第24条第12号・第29条第1項)
- 診療録5年・帳簿3年・技工指示書2年の保存義務は閉院後も残る。保存者と場所は保健所に確かめて決める
- 職員の解雇は30日前の予告か平均賃金の支払い(労働基準法第20条)。患者への周知も同じころから始める
- 医療法人の解散は、社員総会の決議と都道府県知事の認可が要る(医療法第55条)
参考資料
- e-Gov法令検索「医療法」第8条の2・第9条・第15条・第55条: https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205
- e-Gov法令検索「医療法施行規則」第24条・第24条の2・第29条: https://laws.e-gov.go.jp/law/323M40000100050
- e-Gov法令検索「歯科医師法」第23条: https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000202
- e-Gov法令検索「健康保険法」第79条: https://laws.e-gov.go.jp/law/211AC0000000070
- e-Gov法令検索「保険医療機関及び保険医療養担当規則」第9条: https://laws.e-gov.go.jp/law/332M50000100015
- e-Gov法令検索「保険医療機関及び保険薬局の指定並びに保険医及び保険薬剤師の登録に関する省令」第8条・第10条: https://laws.e-gov.go.jp/law/332M50000100013
- e-Gov法令検索「歯科技工士法」第19条: https://laws.e-gov.go.jp/law/330AC0000000168
- e-Gov法令検索「労働基準法」第20条: https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049
- e-Gov法令検索「所得税法」第229条: https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000033
- 関東信越厚生局「保険医療機関・保険薬局の廃止・休止・再開の届出」: https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kantoshinetsu/shinsei/shido_kansa/hoken_shitei/ichiran_haishi.html
- 東海北陸厚生局「添付書類(保険医療機関・保険薬局・生活保護法指定医療機関の届出事項変更)」: https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/tokaihokuriku/iryo_shido/shitei-tenpu/henkou.html
- 厚生労働省「診療録等の保存を行う場所について」(平成14年3月29日 医政発第0329003号・保発第0329001号): https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta6739&dataType=1&pageNo=1