歯科医院の承継は、開設者が変わるかどうかで手続きが大きく変わります。個人で開設している医院を子どもや第三者の歯科医師が引き継ぐ場合、医療法上は「前の開設者の診療所の廃止」と「新しい開設者の診療所の開設」になり、保険医療機関の指定も取り直します。一方、医療法人の理事長が交代するだけなら、開設者は法人のままで、指定も続きます。

承継を考える医院は今後も増えるとみられます。厚生労働省の「令和6(2024)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」によると、医療施設に従事する歯科医師を年齢階級別にみると「60〜69歳」が22,970人(22.9%)で最も多く、「70歳以上」は13,975人(13.9%)で前回(令和4年)より8.9%増えています。診療所の開設者または法人の代表者である歯科医師は54,170人で、前回より2,597人(4.6%)減りました。

この記事では、医療法、医療法施行規則、健康保険法、個人情報保護法の条文と、地方厚生局・厚生労働省の案内にもとづいて、承継の形ごとの手続きと、引き継ぐ側・渡す側が確かめることを整理します。新規の開業の手続きの全体像は歯科医院の開業の流れで扱っています。

1. 承継の形と手続きの違い

承継の形開設者保健所(都道府県など)への手続き保険医療機関の指定
個人医院を子どもが引き継ぐ(親子承継)変わる旧開設者の廃止届、新開設者の開設届取り直し(遡及指定の対象)
個人医院を第三者の歯科医師が引き継ぐ変わる同上取り直し(遡及指定の対象)
個人医院を医療法人にしてから引き継ぐ個人から法人へ変わる法人の設立認可、診療所の開設許可、個人の廃止届取り直し(遡及指定の対象)
医療法人の理事長が交代する変わらない(法人)管理者などの変更の届出続く
医療法人の出資持分を譲り渡す変わらない(法人)役員を替えれば変更の届出続く

個人医院の承継:廃止届と開設届

診療所の開設者が廃止したときは、10日以内に届け出ます(医療法第9条第1項)。引き継ぐ歯科医師が臨床研修等修了歯科医師であれば、開設後10日以内に開設を届け出ます(医療法第8条)。医療法施行規則第4条のただし書は、診療所を譲り受けた者や相続人は、届け出る事項のうち変更が無いものの届出を省略できるとしています。

引き継ぐ歯科医師は、臨床研修等修了歯科医師であることが前提です。開設者だけでなく、診療所の管理者も臨床研修等修了歯科医師でなければなりません(医療法第10条第1項)。

エックス線装置の届出や、廃止する側・開設する側で必要な書類の範囲は、自治体によって運用が違うことがあります。承継日が決まった段階で、所在地の保健所に「どの届出を、誰の名義で、いつまでに出すか」を確かめます。

医療法人の理事長交代

医療法人の理事長は、原則として医師または歯科医師である理事から選びます(医療法第46条の6第1項。都道府県知事の認可を受ければ例外あり)。理事長が交代しても開設者は法人のままなので、診療所の廃止・開設や保険医療機関の指定の取り直しは要りません。ただし、診療所の管理者が替わる場合は、開設の許可を受けた者は管理者の住所・氏名などに変更が生じたときから10日以内に届け出ます(医療法施行令第4条の2第2項)。役員の変更の登記や、都道府県への届出も必要です。

2. 保険医療機関の「遡及指定」

開設者が変わる承継では、新しい開設者が保険医療機関の指定を受け直します。新規の開業では指定日をさかのぼらせることはできませんが、承継では遡及指定が認められる場合があります。東北厚生局の案内が示す遡及指定の対象は次の4つで、いずれも患者が引き続き診療を受けていることが条件です。

  1. 開設者が変更になった場合で、前の開設者の変更と同時に引き続いて開設されたとき
  2. 開設者が個人から法人に、または法人から個人に変わったとき
  3. 病院から診療所に、または診療所から病院に組織変更したとき
  4. 至近の距離に移転し、同じ日付で新旧の医療機関を開設・廃止したとき

東北厚生局の案内は、1の「開設者の変更」には、開設者の死亡や病気のために血族などが引き続いて開設者となる場合や、経営の譲渡・合併で引き続いて開設者となる場合も含むと注記しています。親子承継や第三者承継は1に、個人医院の法人化は2に当たります。承継日の前後で休診期間を置くと「引き続いて」の条件を満たさなくなるおそれがあるため、承継日は休診を挟まずに設定し、地方厚生局の事務所に申請の時期と必要書類を事前に確かめます。

施設基準の届出についても、新しい保険医療機関として出し直す必要があるものがあります。院内感染防止対策の施設基準(歯科初診料の届出)のように算定に直結するものは、承継日から算定できるよう、厚生局の事務所で届出の時期を確認しておきます。

3. 渡す側(現院長)が確かめること

  • 承継の形を決める: 親子か第三者か、個人のまま渡すか法人にしてから渡すか
  • 診療録の保存: 歯科医師法第23条第2項により、診療録は5年間の保存が必要です。承継後に誰が保存するかを決め、契約書に書きます
  • 患者の情報の引き継ぎ: 個人情報保護法第27条第5項第2号により、事業の承継に伴う個人データの提供では、受け取る側は第三者に当たりません。承継の後は、引き継いだ側が元の利用目的の範囲で扱います
  • 設備とリース契約: ユニット、エックス線装置、CT、レセプトコンピュータなどのリース・保守の契約は、名義の変更や解約の条件を確かめます
  • 物件の賃貸借契約: 名義変更や転貸の可否、原状回復の条件を確かめます
  • 施設基準の届出状況: どの施設基準を届け出ているか、その要件を満たすための研修の修了証や記録がそろっているかを一覧にします
  • 個別指導や適時調査の記録: 指摘事項と改善の報告、返還の有無を整理します
  • 税務: 個人医院を廃止する場合は、廃止の日から1か月以内に税務署へ廃業等の届出を出します(所得税法第229条)

4. 引き継ぐ側が確かめること

数字と記録

確認する項目見るもの
患者数と来院の推移レセプト件数、新患数、定期健診(リコール)で来院している患者の数
保険と自費の割合月別の保険点数と自費の売上
施設基準届出の控え、要件を満たす記録
指導・監査の履歴個別指導の結果通知、改善報告、返還の有無
設備設置年、リースの残り、保守の契約
人員歯科衛生士・歯科助手・受付の人数、勤続年数、雇用契約の内容

医療法人の出資持分を買い取る形では、法人が過去に行った保険請求の返還のリスクも法人ごと引き継ぎます。個別指導の結果や改善報告は、必ず書面で確かめます。

スタッフの雇用

個人医院の承継では、雇用主が前の院長から新しい院長に変わります。民法第625条第1項は、使用者は労働者の承諾を得なければその権利を第三者に譲り渡すことができないとしているため、スタッフ一人ひとりの同意を得て、新しい開設者との間で雇用契約を結びます。労働保険や社会保険も、前の事業所の廃止と新しい事業所の手続きが必要になります。医療法人の理事長交代では、雇用主は法人のままです。

歯科衛生士や受付の責任者が承継の前後で退職すると、診療の体制や定期健診の運営に直接影響します。承継を公表する前に、中心となるスタッフに説明し、続けて勤められるかを確かめておきます。

患者への説明

院長が替わることは、患者にとって大きな変化です。院内の掲示や、定期健診の案内のはがき・メールで、承継の時期と新しい院長を知らせます。院内の掲示や院内で配るお知らせは、受け手が既に受診している患者に限られるため医療広告には当たりませんが、ホームページで知らせる場合は医療広告の規制がかかります(歯科の医療広告ガイドライン)。

5. 医療法人の出資持分と「認定医療法人制度」

厚生労働省の「『持分なし医療法人』への移行に関する手引書」によると、平成18年の医療法改正で持分のある医療法人の新規設立は認められなくなりましたが、それ以前に設立された持分のある医療法人は「経過措置医療法人」として当分の間存続しています。手引書は、持分のある医療法人では、社員の退社や死亡に伴って持分の払戻しを請求されるおそれがあること、出資者が亡くなれば相続人に持分の相続税がかかることを、医業を続けるうえでのリスクとして挙げています。承継の前に、持分の扱いを整理しておく必要があります。

厚生労働省は、出資持分のある医療法人が持分の無い医療法人に移行する計画について、厚生労働大臣の認定を受けると税制上の支援などが受けられる「移行計画認定制度(認定医療法人制度)」を設けています。厚生労働省のページでは、本制度の期限は令和11年12月31日までで、利用する場合はそれまでに移行計画の認定を受ける必要があるとされています。制度の通知では、移行計画に書く移行の期限が認定の日から5年を超えないことが認定の要件とされています。

持分をどう扱うか(持分を買い取るのか、持分の無い法人に移行するのか)は、税の負担と法人の将来の運営に大きく影響します。厚生労働省の「『持分なし医療法人』への移行に関する手引書」や、制度の通知(「持分の定めのない医療法人への移行に関する計画の認定制度について」)を読んだうえで、税理士などの専門家と検討してください。

6. 承継の手順

  1. 承継の形を決める: 開設者が変わるかどうかで、手続きの量が決まる
  2. 中心となるスタッフに説明する: 承継後も続けて勤めるかを確かめる
  3. 引き継ぐ側が数字と記録を確かめる: 患者数、保険と自費、施設基準、指導の履歴、設備、人員
  4. 契約の内容を決める: 譲渡の対象(設備・内装・患者の情報)、診療録の保存の責任、物件とリースの名義、スタッフの雇用
  5. 保健所と地方厚生局に事前相談する: 廃止届・開設届の時期、遡及指定の条件、施設基準の届出の時期
  6. 承継日を休診なしで設定する: 「引き続いて開設」「患者が引き続き診療を受けている」の条件を満たすように
  7. 患者に知らせる: 院内掲示、定期健診の案内、ホームページ
  8. 承継後の届出を出す: 開設届(10日以内)、保険医療機関の指定、施設基準、労働保険・社会保険、税務

まとめ

  • 承継の手続きは、開設者が変わるかどうかで決まる。個人医院の承継は「廃止と開設」、医療法人の理事長交代は「変更」
  • 開設者が変わる承継では、患者が引き続き診療を受けていれば保険医療機関の遡及指定が認められる。休診を挟まない承継日にする
  • 診療録は5年保存(歯科医師法第23条第2項)。事業の承継に伴う個人データの提供は第三者提供に当たらない(個人情報保護法第27条第5項第2号)
  • 個人医院の承継では、スタッフの同意を得て雇用契約を結び直す(民法第625条第1項)
  • 出資持分のある医療法人は、認定医療法人制度の期限(令和11年12月31日までに認定)も含めて持分の扱いを検討する

参考資料